世界文学会

Society of World Literature JAPAN

連続研究会

2024年度 連続研究会「世界文学と「異なるもの」」

第一回 研究会 12月16日(土)14:00-17:00

石井沙和 「“中心”から離れて−イタロ・ズヴェーヴォの特異性」
中西恭子 「近現代日本語詩歌と古代ギリシア・ローマ受容」

対面とzoomによるハイブリッド開催

〔対面〕 慈恵会医科大学国領キャンパス医学科本館講義室2A
     対面での参加をご希望の場合は、運営委員の平山令二までご一報ください。
        hirayama”at”tamacc.chuo-u.ac.jp (“at”を@に変換してお送りください)
〔オンライン〕 Zoomにて会場から中継
     Zoomリンクにつきまして、お申込みいただいたのちに、メールでお知らせいたします。

お申込みについて
   事前に、以下のFormから、あるいはQRコードからお申込みください。
   お申込みフォームはこちらをクリック

<発表要旨>

石井沙和 「“中心”から離れて−イタロ・ズヴェーヴォの特異性」

  イタリアの精神分析文学の傑作といえばズヴェーヴォの『ゼーノの意識』(1923)である。今でこそ「イタリアの」と問題なく扱える作家だが、当時はイタリアからは黙殺され、フランスでの評価がなければ、評価はさらに遅れただろう。これはこの作家が当時のイタリア文学において特異な存在であることに因る。発表では異質な作家が辿った評価されるまでの道のりを追い、この特異性を考察する。
  ハプスブルク帝国の支配下のトリエステだからこそ、作家ズヴェーヴォが誕生する条件が整っていた。それゆえに、後の傑作が黙殺された。作家は「イタリア語が下手」と断じられ、イタリア文学は「すわりの悪い作家」の存在を受け入れきれず狭量さを露呈した。ズヴェーヴォは執筆言語とその言語による文学規範の相性が極めて悪かった。
  「イタリア文学」にとって、当初この作家は中心的な作家ではないことはもちろん、周縁ですらなかった。だがイタリア文学という文脈を離れヨーロッパ文学に移ると、輝かしい席が用意されていた。この「ねじれ」は作家と様々な“中心”との関係から生まれたものであり、イタリア文学においてズヴェーヴォを特異な作家たらしめている。


中西恭子 「近現代日本語詩歌と古代ギリシア・ローマ受容」

  近現代日本におけるギリシア・ローマ文学の受容の過程において、西洋古典学者による主要作品の学術的観点による翻訳・紹介は日本語でギリシア・ローマ文学にふれる機会を飛躍的に拡大し、読者層を大きく広げた。一方、マスマーケット向けの物語形式の作品やグラフィック・ノヴェルズによる古典古代文化の再話・紹介においては、日本と古代ギリシア・ローマ世界の共通点を強調した上で、日本はいまなお「多神教」が息づく世界であるがゆえに、「日本人」には一神教社会に生きる人以上に「多神教社会」をよく理解できる可能性があるという主張が顕著にみられる。詩歌の場合には、古典の普遍性を信頼してアダプテーションと再話を実作において行うことで「世界文学」に連なる可能性への期待がかえって日本語詩のおかれた状況の地域性が明らかにする。西脇順三郎はモダニズムの引証と「意識の流れ」の語りの技法を導入することで、東西の古典と眼前の自然観照を自在に結ぶ語りの技法を見いだしたが、ノーベル文学賞への推挙のさいに自らの詩法を広く「世界文学」の想定読者に伝えるに至らなかった。呉茂一に私淑し、その雅俗混淆体による西洋古典詩の訳業に魅せられて同人誌『饗宴』に集った詩人たちは鷲巣繁男や高橋睦郎のように呉の思考と文体の語り部となった書き手も存在する。本報告では、近現代日本語詩歌における西洋古典詩の受容を通して、「世界文学」と「異なるもの」について考察する。

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2023年度 連続研究会「戦争を問う」

第四回研究会  7月22日(土) 15:00-18:00

杉野 ゆり 「プーシキン『青銅の騎士』に描かれた<洪水>と戦乱」
河島 思朗 「ホメロス『イリアス』における戦争の描写 ー 人間を相対化する物語の構成と視点の誘導」

対面とzoomによるハイブリッド開催
〔対面〕 龍谷大学深草キャンパス、和顔館4階第3会議室(定員40人)
京阪「龍谷大前深草」駅から至近(徒歩2分)の東門を入るとすぐ正面にあるガラス張りの建物です。建物入口を入って左手のエレベータで4階へお上がりください。
アクセスマップは:https://www.ryukoku.ac.jp/about/campus_traffic/traffic/t_fukakusa.html

〔オンライン〕 zoomにて会場から中継
zoomのアクセス情報は以下のリンクから申し込み後、当日までにお送りいたします
https://forms.gle/qFBtAGev4ei3i4ZU9

懇親会 18時ごろ~ 京都市内にて

<発表要旨>

杉野 ゆり 「プーシキン『青銅の騎士』に描かれた<洪水>と戦乱」
 プーシキンの『青銅の騎士』(1833)は、18・19世紀ロシアや西欧の歴史的時空間を内在化し、さらにロシア文学の傑作、聖書やダンテ『神曲』からエピソードやモチーフを取り込んで世界図絵を描いた叙事詩的作品である。第1・2部に描かれた1824年のペテルブルクの洪水場面は多層的で、テクストの表層下には18・19世紀の戦乱の歴史が流れ、エヴゲーニーの物語では融合離反しながら作者が自分の人生を語っている。洪水や雨風の描写と狂気のエヴゲーニーの形象に「獣」の隠喩が多用されており、「獣」は1829年以降のプーシキンのテクストで反乱暴動、疫病、狂気のイメージを宿している。この連想は、流刑されたデカブリストらに会うため1829年に訪れたコーカサスで見た山岳民族の抵抗する姿、1830年代初めロシア国内でコレラが流行し、作者自身もコレラ禍に巻き込まれ、農民暴動が頻発した時代背景から生まれた。プーシキンは確かな事実を基と骨組みにして、『青銅の騎士』に壮大な詩的世界を構築して世界観と思想を表し、同時に反逆者たちに密かな鎮魂歌を捧げている。

河島 思朗 「ホメロス『イリアス』における戦争の描写 ー 人間を相対化する物語の構成と視点の誘導 ー」
 ホメロス『イリアス』は紀元前8世紀に作られたヨーロッパ最古の文学作品であり、戦争を描いた最古の叙事詩でもある。ギリシア連合軍対トロイア率いるアジア連合軍の戦いを描いた神話・伝説上の大戦争、すなわちトロイア戦争を題材とする。その戦場ではギリシア神話の名だたる英雄たちが活躍し、神々も集って戦闘に加わる。『イリアス』は世界を巻き込んだ戦争の叙事詩であると言えよう。
 ではこの叙事詩は戦争をどのように描いたであろうか。その描写にどのような文学的工夫を凝らしているのだろうか。本発表はこの問いを明らかにするために、大きくふたつの部分から構成される。
 第一に、『イリアス』の全体構成を確認しながら、文学作品としての特質と意図を論じる。第二に、第4巻に描かれる戦闘描写を「視点の誘導」という観点から詳細に分析することで、詩的技法を明らかにする。このふたつの論点をつうじて、『イリアス』という叙事詩が人間を相対化する視点を持ちながら、戦争を描こうとしていることを議論したい。

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2023年度 連続研究会「戦争を問う」

第三回研究会  6月17日(土) 14:00-17:00

早崎 えりな 「戦争と音楽・・・・第二次世界大戦下のドイツと日本」
山室 信高 「二つの世界大戦と世界文学――トーマス・マンの『魔の山』と『ファウストゥス博士』」

参加希望者は、下のリンクのフォームからお申込みください。Online参加方法を折り返し連絡します。
また、対面での会場も設け、登壇者とスタッフと運営委員らが対面会場から参加しますが、会場の都合上、オンラインでのご参加をお願いしております。対面での参加を強くご希望の場合には、下のリンクのフォームからご連絡ください。

お申込みフォーム→ https://forms.gle/BbpnhRL83zmnz5Zy7

<発表要旨>

早崎 えりな 「戦争と音楽・・・・第二次世界大戦下のドイツと日本」

 ナチス政権下のドイツでは1933年末、国民啓蒙宣伝大臣ゲッベルスのもとに「帝国文化院」が組織され、その下部組織として全国の音楽活動を統制する「帝国音楽院」が創設される。これにならって、日本では1941年に情報局と文部省の管轄において「日本音楽文化協会」が組織され、当時の著名な音楽関係者のほとんどがメンバーとなる。その活動目的は「音楽による国民精神の昂揚並びに情操の滋養」「国家的公共的行事に対する協力」であった。
 本発表では、戦時体制下の日本とドイツの音楽界の状況を概観し、「帝国音楽院」の初代総裁リヒャルト・シュトラウスと、「日本音楽文化協会」の実質上のトップで創立直後の副総裁山田耕筰、さらには、1931年東京音楽学校教師として来日し、敵性外国人として抑留され終戦を東京で迎えたユダヤ系ドイツ人クラウス・プリングスハイム(トーマス・マンの妻カチアの双子の兄)、この三人の戦時体制下の活動についてとりあげる。


山室 信高 「二つの世界大戦と世界文学――トーマス・マンの『魔の山』と『ファウストゥス博士』」

 80年の生涯を送ったトーマス・マン(1875-1955)は、その前半生は普仏戦争後の「平和」な時代、そして後半生は第一次および第二次世界大戦という未曾有の戦争(総力戦)の時代を生き、書いた作家である。
 本発表では本来あいまいで捉えがたい「時代」というものが集約的に前景化する戦争という出来事に注目して、マンの後半生を代表する二つの長篇小説である『魔の山』(1924)と『ファウストゥス博士』(1947)をあらためて読み解きたい。『魔の山』はマンが第一次大戦をはさんで書き継いだばかりでなく、主人公の青年ハンス・カストルプが7年の高山サナトリウム滞在の後に世界大戦へ参戦する場面で幕を閉じる。また『ファウストゥス博士』は第二次大戦中に亡命先のアメリカで書き始められたが、副題(「一人の友人によって語られたドイツの作曲家アドリアン・レーヴァーキューンの生涯」)にあるとおり、語り手であるゼレヌス・ツァイトブロームが第二次大戦のさなか空爆の危険に曝されつつ、ナチスドイツの暴挙を見据えながら綴った伝記という体裁をとっている。どちらの小説においても、戦争は執筆の背景を成しているとともに、物語の主要なモチーフにもなっている。まずは文学研究の基本に則り、二つの小説の中で世界大戦がいかに描かれ、語られているのかを比較検討する。その上で、単に是か非かでは割り切れない戦争の文学的意義を考えたい。


2023年度 連続研究会「戦争を問う」

第二回研究会  4月15日(土) 14:00-17:00

中村唯史 「二項式への違和と抵抗―近代以降のロシア文学における戦争の表象」
原 基晶 「チェーザレ・パヴェーゼ「丘の上の家」: 現実と神話、そして神に祈ること」

参加希望者は、以下のリンクあるいはQRコードのフォームからお申込みください。Online参加方法を折り返し連絡します。

お申込みフォーム→ https://forms.gle/eagDzwbGLRzNZbLu6

お申込みフォーム

※今回の研究会も、基本的にはオンライン開催とします。対面での会場も設け、登壇者とスタッフと運営委員らが対面会場から参加しますが、会場の都合上、原則としてオンラインでのご参加をお願いしております。対面での参加を強くご希望の場合には、別途、メールにご連絡ください。

<発表要旨>

中村唯史 「二項式への違和と抵抗―近代以降のロシア文学における戦争の表象」

 2022年2月に始まったロシア軍のウクライナ侵攻以降、二項式が世界中を徘徊し、日本もその例外ではなく急速に実体化しつつある。ひとが戦争という極限状況を表象する際には、どうしても「敵vs.味方」の図式が前景化してくるのだろうか。だが、たとえば対独戦従軍時の見聞に基づくワシリー・グロスマンの短編には、「ソ連vs.ドイツ」の二項式を穿つような記述も見られる。
 本報告では、①ひとの意識に二項式を成立させる「境界」の描かれ方、②その境界に語りの「視点」がいかに切り結んでいるかの2点に着目して、近代以降のロシア文学における戦争の表象を考える。取り上げるのは、19世紀前半から中葉まで長期に渡って戦争状態にあったコーカサスが舞台のプーシキン『コーカサスの虜』(1822)、レールモントフ『ヴァレリーク』(1840)、トルストイ『コサック』(1862)『ハジ・ムラート』(1904)や、現在のウクライナ北西部における1920年のソヴィエト-ポーランド戦争に取材したバーベリの『騎兵隊』(1926)等である。ソ連崩壊後のチェチェン戦争をトルストイの短編を用いて批判したポドロフ監督の映画『コーカサスの虜』(1996)にも言及する。


原 基晶 「チェーザレ・パヴェーゼ「丘の上の家」: 現実と神話、そして神に祈ること」

ネオレアリズモの中心的な作家とされるチェーザレ・パヴェーゼ(1908-50)は、詩作品と異なり、小説では自伝的な内容を語ることがないとされる。しかしその例外が、第二次世界大戦の空襲下にあるイタリア北部の都市トリーノでのパルチザン活動に参加した主人公が、ドイツ軍の弾圧を逃れ、故郷の丘の家に戻ってくるまでを描いた「丘の上の家」という小説である。この発表では、非人称動詞等の戦略的な使用やアレゴリー的表現、神話からの引用、当時の符丁的な会話などを、作品当時の時代状況を把握しつつ読み込み、作家の創作行為を、政治的対立の激化した世界における表現の可能性という普遍的な位相で考察する。特に冒頭の一文について、これまでとは全く異なる読解を行い、それによって『神曲』と比較することで、これまで、日本では「裏切り」をキーワードに理解されてきたパヴェーゼについて、キリスト教的観点から新たな解釈の可能性を


第一回 連続研究会 12月17日 14:00-17:00

中山弘明 「第一次世界大戦は終わったか?ーーレマルク『西部戦線異状なし』の日本における受容
姫本由美子 「日本軍政下ジャワにおいてどのような期待すべき「国民」像が文学にいかに描かれたか」

研究会はOnline で行います。

参加希望者は、以下のリンクあるいはQRコードのフォームからお申込みください。Online参加方法を折り返し連絡します。

お申し込みフォーム→https://forms.gle/6SYsrCMyZV8zxCn16

お申込みフォーム

<発表要旨>

中山弘明 「第一次世界大戦は終わったか?ーーレマルク『西部戦線異状なし』の日本における受容

エーリッヒ・レマルク作『西部戦線異状なし』(1928)は、ルイス・マイルストン監督の著名な映画(1930)以来、所謂「反戦小説」というくくりの中で論じられて来た。しかしこの作品が受容された時代は、むしろ世界的な「モダニズム」の全盛期であったことは注意を要する。日本でも本作は大きなブームとなったが、梶井基次郎は「ダダイズム」や「チャップリン」を引き合いに出して論じているし、大岡昇平のような戦後作家の戦争認識への影響も軽視できない。ここではまず本作を翻訳したのが秦豊吉という、帝劇のボードヴィル、レビューの草分けであった事実からはじめ、さらにこの作品の日本における受容の一つが演劇であったことに留意したい。1929年の高田保演出による新築地劇団、同年の村山知義演出による劇団築地小劇場による競作がそれである。舞台の上で上演された〈世界戦争〉とはどのようなものであったのか。いくつかの視点をあげておくと、映画を舞台上に並行して流す「連鎖劇」の手法、レビュー的な「見せる芝居」であったこと、さらには当時の検閲の問題などが留意される。それらを踏まえて、文学/演劇が世界戦争をどのように表象したか、また時代のメディアと戦争との関わりを論じる。   

姫本由美子 「日本軍政下ジャワにおいてどのような期待すべき「国民」像が文学にいかに描かれたか」

オランダの植民地であったインドネシアは、1941年12月8日に英米へ宣戦布告した日本によってほぼ翌年3月初旬までに占領され1945年8月まで軍政下に置かれた。「大東亜戦争」と命名された同戦争に勝利し、日本を指導者とする「大東亜共栄圏」建設には、インドネシアの資源獲得と住民動員が必要であり、そのための文化政策を実施した。
インドネシアの政治等の中心であったジャワでは、大宅壮一や武田麟太郎等の日本軍に徴用された文化人と、オランダ時代から「インドネシア的なるもの」を模索していたインドネシア人文化人が占領軍による言論統制の中で軍政の文化政策を担わされた。
本報告では、彼ら双方の活動を明らかにすることを通して、それが現地の文学者たちをして日本軍政による検閲等をかいくぐって「日本のプロパガンダのため」を「インドネシア社会のため」へと置き換えて作品を創作することを一定程度可能にしたことを示す。そして彼らが文学作品、特に戯曲の中にインドネシア「国民」像、すなわち西欧の文化も含めた多様な文化の影響を歴史的に受けて形成されてきた「インドネシア的なるもの」を「国民」文化として受け入れる華人や欧亜混血人をも包摂したインドネシアの全住民、を描いていったことを明らかにする。


2022年度 連続研究会「疫病と世界文学」


第四回研究会  7月23日(土) 15:00-18:00

今井敦 「死の部屋からの帰還 ― 患者としてのトーマス・ベルンハルト」
磯崎 康太郎 「疫病と秩序――シュティフター『ピッチ焼き職人』を中心に」

研究会はOnline で行います。

参加希望者は、以下のリンクあるいはQRコードのフォームからお申込みください。Online参加方法を折り返し連絡します。

お申し込みフォーム→https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSexQOFJrOmCKmOI2bP9_cNXBih_Syd_-MkG_VWUD411mGM2ng/viewform?usp=sf_link

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<発表要旨>

今井敦 「死の部屋からの帰還 ― 患者としてのトーマス・ベルンハルト」

50以上もの言語に翻訳され、没後33年を経た今もなお新たな読者を獲得しているオーストリアの作家トーマス・ベルンハルトはとうに世界文学に属する存在と言ってよかろう。罵りにも似た長口舌、陰鬱さ、巻き起こした数々のスキャンダルにもかかわらず、なぜベルンハルトは読者のこころをつかんで離さないのか。強くオーストリアに関わる内容にもかかわらず、なぜ彼のテクストはオーストリアの外、ドイツ語圏以外の読者にも訴えかけてくるのか。理由の一つは、ベルンハルトが死を描いた作家であり、死に向かって歩んでいく存在として人間を捉えたからであろう。死との対峙がベルンハルト自身の生に結び付けて語られるのは、1975年から82年にかけて発表されたいわゆる自伝5部作、『原因』『地下』『息』『寒さ』『ある子供』である。とりわけ『息』と『寒さ』では、若きベルンハルトが死の病と闘う経過が語られ、並行して、最愛の祖父と、生涯正常な関係を築けなかった母の死が語られる。本発表では、この自伝5部作を対象に、生を牢獄として呪うネガティヴな作家というイメージとは少々異なる、主人公トーマス・ベルンハルトの姿を追う。

磯崎 康太郎 「疫病と秩序――シュティフター『ピッチ焼き職人』を中心に」

感染力と毒性の両面において、人類史上最悪の疫病と称されてきたペストは、15世紀から18世紀にわたって断続的にボヘミア地方にも伝播している。18世紀のその最後の波を、祖父から口頭伝承で知った19世紀オーストリアの作家アーダルベルト・シュティフター(1805-1868)は、短編小説集『石さまざま』(1853)中の作品『みかげ石』においてその惨状を描き出したことが知られている。しかし、同作が、平穏な現在という語り手の立ち位置から、一つの逸話としてこの厄災が描かれているのに対し、同作の原型となる雑誌稿『ピッチ焼き職人』(1849)では、この厄災が作中の枠内物語として、質、量ともにより大きな意味を有している。そこで本発表では、この雑誌稿を中心に取りあげ、19世紀中葉にこの疫病が主題化されることの意味について考えてみたい。シュティフターが三月革命への予感のなかで描いた同作は、ペストの蔓延による家庭的、社会的秩序の崩壊を描いており、さしあたりそれは革命や戦乱に対する警告という意味を持つはずである。しかし、それを超える、ペスト収束後の見立て、社会的暗示についても考察してみたい。

第三回研究会  6月11日(土)  14:00-17:00

  1. 田中真美 「人を冒す“悪疫”に抗して 『デカメロン』における“ペスト”に関する一考察」
  2. 高山秀三 「トーマス・マンと感染症」

研究会はOnline で行います。

参加希望者は、世界文学会事務局宛の問い合わせフォームで、「第三回連続研究会参加希望」と書いて、ご連絡ください。Online参加方法を折り返し連絡します。
なお、会員以外の希望者は、お名前とEメール・アドレスの他、所属、専門分野(関心領域)を書き添えてください。

<発表要旨>

田中真美「人を冒す“悪疫”に抗して 『デカメロン』における“ペスト”に関する一考察」

ジョヴァンニ・ボッカッチョ(1313-1375)の『デカメロン』では、収録された100話の物語が語られることになった契機として、冒頭、1348年にフィレンツェを襲ったペスト禍が描写される。その迫真性に富む記述を、年代記などと並んで、当時の惨状や公衆衛生のあり方を伝える貴重な証言として知る人は多いだろう。また、死の影が背景として描き置かれることは、各話で語られる生に溢れた人間模様を際立たせ、ここに本作の意義が見出されてきたのも事実である。 しかし、この“ペスト”描写を丁寧に観察すると、死そのものへの恐れよりもむしろ、それにより崩壊した人間性に対する危機感が露わとなる。ここには、“ペスト”を指して使用される語の、我々の知る「伝染病としてのペスト」には限定しきれない、より広範な意味を読み取らねばならないであろう。また、この描写が直接「枠物語」に接続されていることや、読者(あるいは聴衆)が実際にその惨禍を知る者たちであることにも注意を向けたとき、この危機的状況に対する意識が『デカメロン』全体を構築する上での礎となっていることは明確である。“悪疫”に抗するボッカッチョの筆が本作で語りかけているのは何であったのか、本発表をその考察の機会としたい。

高山秀三「トーマス・マンと感染症」

トーマス・マンはその作品で多くの感染症を扱っているが、それらはいずれも作品の核心に触れる重要な意味を担っている。たとえば『ヴェニスに死す』の主人公は旅先のヴェニスで出会った少年への愛に耽溺し、営々と築き上げてきた謹厳で品位ある人格を崩壊させ、死に至るが、コレラは主人公の精神の劣化に乗じてその存在を侵食し、破壊する邪悪な病として描かれる。また『魔の山』の主人公はたまたま訪れたダヴォスの療養所で結核の徴候を発見され、そこに7年間居つづけることになるが、その感染は価値中心を失った時代を生きる主人公の空虚な精神が呼びこんだものとして語られる。
感染症だけでなく、初期作品で多く扱われた神経症や狂気、さらには晩年の『欺かれた女』における癌を含めてマンが描いた病は、すべて文化的な記号性をつよく帯びた「隠喩としての病」(スーザン・ソンタグ)だった。人生につきまとう災厄として病は文学のなかでしばしば絶対悪の位置を占めてきた。他方で、文学はしばしば生の意味を捉えなおす契機として病を扱ってきた。生涯をとおして病める人間であるという自覚を持ちつづけたマンは、文学における病のエキスパートだった。今回の発表では、マンの作品にあらわれた感染症に焦点をしぼり、それらがどのような意味を付与されているかを探る。

第二回研究会  4月23日(土)  14:00-17:00

  1. 宮丸裕二 「ディケンズ『荒涼館』に見る感染症」
  2. 杉山秀子 「ドストエフスキーの『罪と罰』にみられるパンデミックとジェンダーの表像」

研究会はOnline で行います。

参加希望者は、世界文学会事務局宛の問い合わせフォームで、「第二回連続研究会参加希望」と書いて、ご連絡ください。Online参加方法を折り返し連絡します。
なお、会員以外の希望者は、お名前とEメール・アドレスの他、所属、専門分野(関心領域)を書き添えてください。

 <発表要旨>

宮丸裕二 「ディケンズ『荒涼館』に見る感染症」

 チャールズ・ディケンズ(Charles Dickens; 1812–70)が著した長編小説『荒涼館』(Bleak House; 1852–53)には、他の小説作品とは異なり、いく種類かの感染症が登場している。なかでも天然痘については、ヒロインの容貌が感染後に完全に変わってしまうという、センセーショナルにして、当時の文学世界の約束事を破るという冒険をしている。同時に本小説には画期的な特徴がいくつも見られ、膨大な量の登場人物が登場することとその人物が所属するいくつもの異なる社会集団が描かれること、推理小説(探偵小説)が定着する以前ながら推理小説を試みる要素があること、小説の語り手が複数におよぶという実験があること、法の制度に見られる停滞と理不尽とを正面から揶揄し非難していることなど、様々な題材を一つの作品におさめている。こうしたものの一つとして、ディケンズが当時のイギリスではすでにほぼ撲滅が完了していた天然痘を題材として扱ったことにはどのような意味があったのかについて、考えてみたい。

杉山秀子 「ドストエフスキーの『罪と罰』にみられるパンデミックとジェンダーの表像」

 昨年ドストエフスキー生誕200年祭がロシアで大々的に行われた。なぜロシアのみならず、世界でドストエフスキーがかくも人々の心に深くきざまれているのかというと、彼の人間観察とその分析が実に深いものを我々に提示していることがわかることからいえるのである。人間観察の分析の深さとそれによる作家の提示は『カラマーゾフの兄弟』によってさらに深く、内在する矛盾がさらに広汎に分析されていて、それは瞠目に値することは言うまでもない。本報告では、パンデミックとジェンダーのありようをドストエフスキーが当時どのように取り上げて、どのように分析し、何を我々人間に提示していきたかったを分析してみる。また、その命題はこの21世紀の時代とどのように呼応し、究極的には現代人に何を語りかけてどのような余韻を残しているのかを探求し、今後の人類の命運をドストエーフスキーの予知、予告の言葉に絡ませながら考察していきたい。

第一回研究会  12月18日(土)  14:00-17:00

  1. 鈴木大悟 「カミュ『ペスト』の美学
  2. 高橋誠一郎 「堀田善衛の疫病観-「戦争と惨禍」の直視」

研究会はOnline で行います。

参加希望者は、世界文学会事務局宛の問い合わせフォームで、「第一回連続研究会参加希望」と書いて、ご連絡ください。Online参加方法を折り返し連絡します。
なお、会員以外の希望者は、お名前とEメール・アドレスの他、所属、専門分野(関心領域)を書き添えてください。

<発表要旨>

鈴木大悟 「カミュ『ペスト』の美学 ~ 孤独の複数形・侵された平和」

本発表は、20世紀のフランス人作家アルベール・カミュ(1913~1960)の長編小説『ぺスト』(1947年刊)を採り上げる。なかでもその「美しさ」で名高い海水浴のシーンを原文も交えながら読むことにより、カミュの文章のもつ「リズム」を可視化しながら、孤独や平和のあり方について検討したい。
しかし本発表はまず、今日のわれわれにつき刺さるカミュの言葉の紹介から始めてみたい。これらの予言的・教訓的言葉の数々は、説明を要さぬアクチュアリティーをもっているだろう。続いて本発表は、カミュの生涯と作品群を概観し、小説『ペスト』の位置づけを行う。カミュには連作という発想があった。『ペスト』はどのようなサイクルの一部をなすのか確認したい。第三に本発表は、小説の舞台設定、語りの構造、登場人物、主題などを整理する。物語における時と場所の抽象的な意味付けや、登場人物たちの魅力、とりわけ「ペスト」という語が含み持つ複数の意味を考察したい。
本発表は最後に、海水欲のシーンを読む。疫病と戦う二人の登場人物とって束の間の解放となったこの海の時間は、今日のわれわれに、連帯のひとつのモデル(モラル)を差し出してくれるだろう。カミュの言葉のあり様こそが、それを強く訴えかけるように思われる。

高橋誠一郎 「堀田善衛の疫病観-文明論的な視点から」

芥川賞作家の堀田善衞(1918~1998)は晩年の大作『ミシェル 城館の人』で、宗教戦争が勃発しペストが猖獗をきわめる中で家族を連れて方々を流浪しながらも、『エセー』を書き和平への努力を続けたモンテーニュの思索と活動を描き出した。
爆撃機や化学兵器も用いられた第一次世界大戦では約850万人が戦死したが、大戦中にはチフスなどが流行してその末期に発生した「スペイン風邪」では世界で数千万人が亡くなり、1918年にアメリカなどとともにシベリア出兵に踏み切っていた日本でもインド、アメリカ、ロシア、フランスに次ぐ39万人もの死者を出していた。
兵士の視点から米騒動にもふれつつ日露関係を踏まえてシベリア出兵の問題を描いた『夜の森』(1955)で日本におけるスペイン風邪の流行にも触れた堀田は、南京虐殺を扱った『時間』(1955)ではチフスやコレラに言及し、『橋上幻像』(1970)ではニューギニアの戦場における飢餓とマラリアの問題を描き、『定家明月記私抄』(1986)でも瘧(おこり)に言及している。
本発表では専門の仏文学だけでなく日本文学やロシア文学の造詣も深く、アジア・アフリカ作家会議にも関わった堀田善衞の疫病観を考察する。
(新著『堀田善衞とドストエフスキー 大審問官の現代性』群像社、2021年)

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世界文学会主催 ダンテ逝去700周年記念シンポジウム : ダンテと世界文学

主催:世界文学会
開催方式:Zoom
本シンポジウムの聴講を希望される方は、以下のアドレスから10 月7 日(木)までにご登録ください。

https://forms.gle/RVxk72EDEJCinTJW7

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2021年度 連続研究会:「崩壊と世界文学」

三回研究会 2021年6月19日(土)14:00〜17:00

1)村山木之実  「伝統の崩壊とイランの知識人シャリーアティーの文学」

2)宇野木めぐみ 「18世紀フランス小説と美徳の崩壊、作家の戦略」

参加希望者は、世界文学会事務局宛の問い合わせフォームで、「第三回連続研究会参加希望」と書いて、ご連絡ください。Online参加方法を折り返し連絡いたします。
なお、会員以外の希望者は、お名前とEメール・アドレスの他、所属、専門分野(関心領域)を書き添えてください。

2019年度 連続研究会 :「歴史と世界文学」

第一回研究会 2018 年 12 月 15 日(土) 14:00 ~ 17:45

1) 鷲山恭彦 「ジェルジュ・ルカーチ:カント、ヘーゲル、マルクスの受容から『歴史小説論』へ」https://m.youtube.com/watch?v=Y_fR1RRF-tg

2) 前山加奈子 「時代に生き、時代に翻弄された女性作家・関露」https://m.youtube.com/watch?v=h-zlnTlkzSs

3) 木下豊房 「ドストエフスキーにおける「流れゆく現実」と「歴史的現実」をめぐって

-ドミトリー・リハチョフの考察を手がかりにー 」
https://m.youtube.com/watch?v=M16TgQAufYw

忘年会

第二回研究会 2019 年 4 月 20 日(土) 14:00 ~ 17:45

1) 酒井 明子 「カバレットについて」https://m.youtube.com/watch?v=HfI1TzNEbAw

2) 平山 令ニ 「明治維新の文学―山の大河小説の視点から」https://m.youtube.com/watch?v=dvsddNisWgA

3) 大原 知子 「ピーコ・デッラ・ミランドラからフランソワ・ラブレーへ」https://m.youtube.com/watch?v=3RCpA5i3qXA

第三回研究会  2019 年 6 月 22 日(土) 14:00 ~17:45

1) 及川淳子 「天安門事件と劉暁波」https://m.youtube.com/watch?v=_SErjeYgI4g

2) 南田みどり 「ビルマ文学と日本占領期」https://m.youtube.com/watch?v=FVngMc2vkeg

3) 大野一道 「ジュール・ミシュレの『日記』を中心に歴史と文学を考える」https://m.youtube.com/watch?v=33maMfT6GX4

第四回研究会 2019 年7月 20 日(土) 15:00 ~ 17:45

1) 荒木詳二 「歴史小説論 」https://m.youtube.com/watch?v=VC5lgzpDV4M

2) 霜田 洋祐 「アレッサンドロ・マンゾーニ」https://m.youtube.com/watch?v=bBjf2MkwfFs

懇親会

世界文学会では、統一テーマのもと、12月から翌年の7月にかけて連続研究会を4回行っています。ご関心のある方は、会員外の方でもどうぞご自由にご参加ください。会員外の方には資料代として500円を承ります。

*開催場所は、いずれも中央大学駿河台記念会館 (千代田区神田駿河台3-11-5 TEL 03-3292-3111 )

JR中央・総武線 御茶ノ水駅下車、徒歩3分

東京メトロ丸ノ内線 御茶ノ水駅下車、徒歩6分

東京メトロ千代田線 新御茶ノ水駅下車(B1出口)、徒歩3分

都営地下鉄新宿線 小川町駅下車(B5出口)、徒歩5分

中央大学駿河台記念館地図

中央大学駿河台記念館地図

2018年度 連続研究会 :「時代と文学」

第一回研究会 2017 年 12 月 16 日(土) 14:00 ~ 17:45

1) 杉山秀子
「スベトラーナ・アレクシェーヴィチ著『セカンドハンドの時代』に見るソビエト社会」
(1/2):http://youtu.be/1YOqCti8Bg8 ,
(2/2):http://youtu.be/2q1xtukB-8o

2) 今井 敦「技術時代の文学者──総動員・総流動化とユンガー兄弟」
(1/2):http://youtu.be/8cKSW9qbdYM ,
(2/2):http://youtu.be/gLP5E2QRyWo

3) 鄭 百秀「創氏改名を巡る歴史・文化言説」

(1/2):http://youtu.be/pjwuk-utoxM ,
(2/2):http://youtu.be/Jx9G0dod73M

第二回研究会 2018 年 4 月 21 日(土) 14:00 ~ 17:45

1) 葉紅「中国建国前の文芸」:http://youtu.be/LDKMml2gx7I

2) 大田信良「ヴァージニア・ウルフ」: http://youtu.be/062a64Lxvrc

3) 酒井 府「ドイツ表現主義 を巡って:http://youtu.be/Klhe5vECHnw

第三回研究会  2018 年 6 月 23 日(土) 14:00 〜17:45

1) 高頭麻子「ロマン・ガリ」:http://youtu.be/7GsycBxKVw0

2) 渡邊澄子 「李恢成」:http://youtu.be/IdFg8YixhbQ

3) 神品芳夫 「旧東ドイツの文学、ボブロフスキーを中心に」

(1/2):http://youtu.be/j_Rqnl9UeD8 ,(2/2):http://youtu.be/6oXpYr6HJz8

第四回研究会 2018 年 7 月 21 日(土) 15:00 ~ 17:45

1) 大石健太郎「ジョージ・オーウェル『動物農園』」:http://youtu.be/E9GuDVBbgOc

2) 國司航佑「ジャコモ・レオパルディ」:http://youtu.be/XThZty72sQw

2017年度 連続研究会
『夏目漱石生誕150年によせて、「夏目漱石と世界文学」』

■第1回発表要旨

田中 実「近代日本小説における漱石…『夢十夜』を中心に」

当日は日本の近代小説とはいかるものか、村上春樹の処女作『風の歌を聴け』は実は鷗外の処女作『舞姫』を継承し、日本の近代小説は当初から語ることの虚偽・背理を超えようとして出発したのでした。これを漱石の『夢十夜』の「第一夜」を皆さんと読みながら、死んだ「女」が「百年」後、「自分」に活きて逢いに来る、ここには二つの「現実」がパラレルに存在することをお話することになるかと思います。

渡邊 澄子「世界文学としての漱石…ジェンダーを中心に」

漱石は一四九年前の一八六七年生まれだが、主権在民・男女平等の憲法を持つ現在にあって少しも古びていないどころか、今なお先進性を発揮している類いない文学者である。彼は権力・金力を何よりも嫌った。たった四九年の痼疾の苦悩を抱えた生涯だったが、残されされた厖大な言説は奥が深く、読むほどに思索を迫られる。二五歳時に当時全く無視されていたホイットマンに着目し、その平等論への覚醒、親炙が漱石文学の礎石になっている。作家第一作の『吾輩は猫である』と最期の完成作『道草』は不思議にも見事に繋がっている。帝国憲法・教育勅語・明治民法の差別社会にあって人格形成されたにもかかわらず、漱石の近代的人権平等意識・感の獲得過程は感動の一語に尽きる。時間の都合上、『猫』と『道草』によって、表層的にならざるを得ないがジェンダーの視点から漱石を読んでみたい。

石川 忠久「漱石の漢詩」

漱石の漢詩はその生涯の軌跡と深く関わりつつ進化し、50年の人生で完結している。漱石は、武家ではないが、江戸(東京)に生まれ、佐幕派の雰囲気の中で育ち、明治の新しい制度の下で成長して、漢詩のリテラシーを身につけていく。そこで、伊予松山の儒者の家に育った子規と運命的に出会い、互いに切磋琢磨する。この辺りまでが第一段階。松山に赴任し,子規としばしの交友の後、結婚、熊本への赴任。4年の滞在中に漢詩人、長尾南山との交友などにより、ここで新しい世界が開ける。これまでが第二段階。二年の英国留学によって、漱石の心は大きく西へと傾く。帰国を前に子規の死。大学を 辞職し、小説の世界へ。10年の長い空白を経て、修善寺の大患、生死の境を迷い、ここで漢詩に目覚め、第三段階となる。五言絶句で自画自賛を楽しみ、『明暗』の執筆中に七言律詩の大群をものにして完結。

■第2回発表要旨

山本 證「英文学と漱石」

漱石は、1893年(明治26年)帝国大学英文科を卒業、松山や熊本で英語教師を務め、1900年(明治33年)文部省より英語教育法研究のため、英国留学を命じられた。ロンドン大学で英文学を聴講し、メレデイスやディケンズを読みふけった。2年余りのロンドン滞在中、4回滞在先を変えたが、最後の住居の向かいが「倫敦漱石記念館」である。ロンドンに滞在中、神経衰弱に悩まされながら、世紀の転換期における西欧文明の実相に驚嘆した。最大の文学的収穫は、ロンドン塔を訪れた時の感慨をまとめた随筆『倫敦塔』である。帰国後、1903年(明治6年)に東京帝大の講師となり、『吾輩は猫である』を発表、小説家の道を歩み始めた。

■第3回発表要旨

「フランス文学と漱石」(荻野文隆)

1900年、漱石が留学のためイギリスに到着したころのヨーロッパは、二つの相反する動きに押し流されていました。ひとつは植民地獲得を競い合う帝国主義の絶頂期であり、10数年後には第1次大戦へと突入していく状況にあったことです。そして、1849年、ヴィクトル・ユゴーが「ヨーロッパ合衆国」で提示したヴィジョンに見られるように、ヨーロッパ列強の繁栄と平和の模索の動きがあったことです。しかしこの和解と繁栄の提案は、同時にヨーロッパがアフリカなどを植民地とし、文明をもたらすことによって実現されるとするものでした。漱石がロンドンの街中の鏡に映る自分の姿を大変みすぼらしいと感じたのは、そのユゴーの提案から半世紀を経た時代だったのです。漱石はこの時代をどのように生きたのか、そしてそれは当時のフランス文学の歴史性とどのように係わるものだったのかを、漱石とほぼ同年代の作家であるフランスのロマン・ロラン、ドイツのハインリッヒ・マンらとの比較を通して見てみたいと思います。

■第4回発表要旨

「ロシア文学と漱石」(大木昭男)

(1/2) :http://youtu.be/9UnSYyO1WeE ,  (2/2) :http://youtu.be/3273MP_LrP0

漱石は二年間の英国留学中(1900年10月~1902年12月)に西洋の書物を沢山購入して、幅広く文学研究に従事しておりました。本来は英文学者なので、蔵書目録を見ると英米文学の書物が大半ですが、ロシア文学(英訳本のほか、若干の独訳本と仏訳本)もかなり含まれております。ここでは、大正五年(1916年)の漱石の日記断片に記されている謎めいた言葉─「○Life 露西亜の小説を読んで自分と同じ事が書いてあるのに驚く。さうして只クリチカルの瞬間にうまく逃れたと逃れないとの相違である、といふ筋」という文言にある「露西亜の小説」とは一体何であったのかに焦点を当てて、漱石晩年の未完の大作『明暗』とトルストイの長編『アンナ・カレーニナ』とを比較考量してみたいと思います。

「夏目漱石と正岡子規の交友と作品の深まり」(高橋誠一郎)

(1/2):http://youtu.be/nhIPCAoGNsE
(2/2): http://youtu.be/_1KBH3Lx0Fc

子規の短編「飯待つ間」と漱石の『吾輩は猫である』との比較を中心に、二人の交友と作品の深まりを次の順序で考察する。

1,子規の退寮事件と「不敬事件」

2,『三四郎』に記された憲法の発布と森文部大臣暗殺

3,子規の新聞『日本』入社と夏目漱石

4,子規の日清戦争従軍と反戦的新体詩

5,新聞『小日本』に掲載された北村透谷の追悼文と子規と島崎藤村の会見

6,ロンドンから漱石が知らせたトルストイ破門の記事と英国の新聞論

7、『吾輩は猫である』における苦沙弥先生の新体詩と日本版『イワンの馬鹿』

8、新聞『日本』への内田魯庵訳『復活』訳の連載

9、藤村が『破戒』で描いた学校行事での「教育勅語」朗読の場面

結語 「教育勅語」問題の現代性と子規と漱石の文学

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